NIIについて / About NII
所長の挨拶
喜連川 優
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構
国立情報学研究所 所長
── 圧倒的な量のデータを糧に、社会へダイナミックに資する
人類の苦難は、大きく三つに分けられます。一つ目は、自然災害。日本では近年、大きな地震や水害がたびたび発生しています。二つ目は、疫病です。まさに今、COVID-19が地球規模の災いとなっています。そして三つ目が、戦争。ロシアによるウクライナ侵攻により、甚大な被害が発生しています。したがって私たちは今、"三重苦"の状況にあるともいえるのです。
とはいえ多くの方が、次のように考え始めているのではないでしょうか。もう、元の世界は戻らないかもしれない。だからこそ、このまま待ち続けるのではなく、未来を見据えて前に進んでいかなければなりません。日本唯一の情報学の学術総合研究所である国立情報学研究所(NII)も今、ディフェンス一辺倒になることなく、将来を見据えた重要な施策をプロアクティブに推し進めています。
それを象徴する取り組みが、2022年4月より大学など学術研究機関向けに運用が始まった「次世代学術研究プラットフォーム」です。この仕組みは、NIIがこれまで運用してきた高速ネットワーク基盤システムと研究データ基盤システムの双方を、より高度化し融合したものになります。
高速ネットワーク基盤である「SINET」に関しては、これまで100GbpsのSINET5を全国に張り巡らせてきましたが、それを2 0 2 2 年4月1日より、全国規模では世界最速となる400Gbpsの超高速ネットワーク基盤・SINET6にアップグレードしました。
400Gbpsは、50GBのブルーレイディスクを1秒で転送でき、8K映像も伝送可能です。半導体不足などで苦労している部分もありますが、SINET6の利用機関は2022年4月現在、約1,000機関にのぼっています。
研究データ基盤システム「NII-RDC」には、もともと研究データを蓄積・管理し、活用するための基本的な機能が実装されていました。そこに信頼性を確保するための解析機能や、データ管理人材の育成をシステム的に支援する機能、民間企業との連携の際にデータを暗号空間上で計算する機能など、有用な機能を鋭意追加していっています。
SINET6という"下半身"と、機能を増強したNII-RDCという"上半身"を一体化させたものこそが学術研究プラットフォームです。日本の学術全体を支える基盤として、ノーベル賞受賞などを含めた世界トップレベルの研究への寄与に加え、オープンサイエンスの推進による異分野融合研究や国際共同研究、さらには大学などのDX=デジタル・トランスフォーメーションも力強く推進し得るプラットフォームとなります。また産業利用や生涯教育・ 初等中等教育での活用など、社会一般への貢献も大いに期待できます。
一方、2020年3月より定期開催し、2022年5月に50回目を迎えた『教育機関DXシンポジウム』も、NIIの重要な取り組みの一つです。もともと7国立大学を中心とした遠隔授業の失敗のノウハウ共有がメインでしたが、今はそれだけにとどまらず、たとえば医学部の臨床実習(教授回診)や、体育実技のオンライン化など、さまざまな教育DXの知見を交換し合う貴重なウェビナーとなっています。2022年1月に開催した第45回では、新春企画として藤井輝夫 東京大学総長が、ネット上の仮想空間であるメタバースで講演し、約1,700人の聴衆がさまざまな形でそれをライブ視聴しました。人と人の繋がりが希薄になりがちなコロナ禍だからこそ、教育機関DXシンポジウムという有機的な集いを丸2年にわたりオンラインで継続開催できていることに、大きな意義を感じています。
NIIでは、システムのディフェンスである「セキュリティ」の研究にも、新たな環境変化に合わせて取り組みを進めています。2021年7月には、フェイクメディアの検知やメディアの信頼性確保の研究を推進する「シンセティックメディア国際研究センター」を新設。さらに同年9月には、AIにより生成されたフェイクの顔映像を自動判定するプログラム、SYNTHETIQ:Synthetic video detectorを開発しました。NIIでは以前よ り、有用な社会インフラとなり得る音声・画像・動画を生成する研究に注力していて、その研究成果もこうしたセキュリティ施策に大いに活かされています。
SINETへのサイバー攻撃などの対策については、ストラテジックサイバーレジリエンス研究開発センターが、学間連携における情報セキュリティ体制基盤であるNII-SOCSを運用しています。またSINET6から、各データセンターにおけるセキュリティ機能がより強靭なものとなりました。サイバー攻撃が多発する昨今にあって、NIIが運用するネットワーク基盤や研究データ基盤では、特に大きな障害は起こっていません。
今後もNIIでは情報学のさまざまな研究成果を、学術研究のインフラ整備などの事業に活かしつつ、事業から得たフィードバックをまた研究の推進力にするというシナジーを加速させながら、一層ダイナミックに社会に資していきたいと考えます。
その先例の一つが、医療ビッグデータクラウド基盤の構築です。NIIではコロナ禍を受け、以前から研究していた医療ビッグデータ基盤の研究をベースに、複数の診療科の学会を通じて全国の医療機関から大量の医療画像の収集を開始しました。その数は今や3億枚にのぼり、世界に類を見ない医療ビッグデータクラウド基盤となっています。結果、医療画像のAI解析や遠隔医療が大きく進み、それによってNIIの研究グループは2022年4月、文部科学省より科学技術賞を拝受しました。世界で最も歴史ある科学技術誌「MITテクノロジーレビュー」ではNature Machine Intelligenceの論文をとりあげ、「2022年には、実利用に耐えるコロナ肺炎AIは、世界に存在しなかった」としていますが、実はNIIは、放射線学会が太鼓判を押すAIを開発していたのです。
このように、データ駆動社会で大きな存在感をもって確かな貢献を果たすには、圧倒的な規模のデータの収集が重要な鍵となります。そして、それにはデータをデザインする"目"と、チャレンジし続ける姿勢が不可欠だと考えています。この先のNIIにも、ぜひご期待ください。
2022年5月