研究 / Research
情報学プリンシプル研究系
サイエンスライターによる研究紹介
人間の推論をコンピュータで実現する足掛かりに
裁判官の判断をサポートするAIを開発
知っていることを基に、新たな情報を結論する思考過程を「推論」と言います。私はコンピュータに推論をさせたいと長年研究を続けています。人間はごく普通に行っている推論ですが、与えられた情報しか理解できないコンピュータにとって、不完全な情報の中で妥当な結論を下すことは、超難問です。そこで、まず、法律という限られた世界で、推論のできる人工知能(AI)を開発し、世の中に送り出すとともに、これを足掛かりに人間に匹敵する高度な推論ができるコンピュータの実現をめざします。
説明を求められる「法律における推論」
裁判では、裁判官が事件に関する事実を整理して判決を下します。しかし、事実が必ずしも十分揃うとは限りません。それでも、何らかの判決を出さなくてはならないため、情報が不完全な場合にどんな事実があれば証明されたとしていいかの基準を考える「要件事実論」があります。これは正に「推論」の一つです。そこで、将来的に人間の推論をコンピュータで実現させる、その手始めとして、要件事実論をもとにした推論を行う「PROLEG(プロレグ)」を開発しました。
AIといえば、最近では脳の神経細胞を模したニューラルネットワークに情報を学習させ、そこに隠れる法則を自動的に抽出させる「機械学習」が主流になっています。こうしてできたAIには、「下した結論の理由を説明できない」という欠点があります。例えば画像認識では、"これが犬"と示せばよく、どうして犬なのかの説明は求められないので欠点と呼べないかもしれません。しかし法律の場合、判決の理由が説明できないというわけにはいかないため、説明生成のため、論理プログラミングというAI記述言語のひとつを用いて、法的推論のステップの説明を出力できるようにしました。
法にもっとAIの活用を
新しい研究分野の確立をめざす
この研究を始めて、法律の知識が必要だと感じた私は、法科大学院で学び司法試験に合格。「法律関係の分野でAIを応用する研究者」として知られるようになりました。当初、一般的な世界よりも整然としていると思われた法律の世界ですが、知れば知るほど"ぐちゃぐちゃ"でコンピュータにとって必ずしも簡単な世界ではないこともわかりました。
したがって、現状ではAIやITなどのコンピュータはその力を発揮しきれていません。判例のキーワード検索以外にも、新しい法を制定した際の社会へのインパクトを見積ったり、AIに法律を教え込んで法を破らないようにしたりするなど、AI・ITと法律の接点はたくさんあると感じ、これらを総称した「ジュリスインフォマティクス」という研究分野を提唱しています。
将来、私は自分の開発したAIのサポートを受けながら、弁護士の仕事に挑戦してみたいと考えています。AIが弁護士の補助をするようになったとき、弁護士業務はどう効率化し、その結果、何ができるようになるのかを自ら示そうと考えています。
<図> 法的推論提示システムによる推論過程の可視化